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名古屋高等裁判所 昭和35年(う)444号 判決 1960年8月31日

被告人 金光達雄こと金達雄

主文

原判決を破棄する。

被告人を科料八百円に処する。

右科料を完納することができないときは、金四百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用中、原審第三回公判における証人竹内保に支給した分及び当審における国選弁護人支給分を除きその余は、全部被告人の負担とする。

理由

所論に徴し、本件記録を精査し、原裁判所が取り調べた証拠を検討してみると、次の事実が認められる。すなわち、原審第二回公判調書中の証人牧戸文男、同増田輝夫、同小林実、同皿尾益男の各供述記載及び昭和三五年四月二日附実況見分調書によれば、原判示第二の伊勢市黒瀬町地内の、二見町方面から伊勢市内に入る道路には、自動車の最高速度制限の標識が明示されていて、この附近を通過する自動車運転者としては、右の標識を明認し得たはずであるし、被告人としても又当然、右の速度制限の事実は、これを承知していたものと認められるのであるから、黒瀬町地内が速度制限はないものと考えていた旨の被告人の弁疏は、たやすく措信できないものである。

次に、原判示第一の積載制限違反の点については、自動車運転者が法令に定められた積載制限を超えた積荷をするについてはその出荷地の最寄りの警察署(巡査派出所及び駐在所を含む)において警察官(巡査を含む)の許可を受けることとされており、かつその許可は、警察署備付の所定の用紙により所轄警察署長名義を以つてなされることとなつているところ(原審第二回公判調書中証人皿尾益男、同竹内保、同第三回公判調書中証人堀内久郎、同小林実、同増田輝夫の各供述記載参照。)、被告人は、原判示第一の昭和三四年四月四日朝、同判示の積載制限を超える平板を積載して自動三輪車を運転するに際し、出発地の船江町駐在所に右積載許可を受けに行つたところ、たまたま同所の巡査が不在であつた為め、更に、次の二軒茶屋巡査派出所に赴いたところ、同所も又巡査が不在であつたので、已むなく、次の二見町巡査派出所に赴き許可を受けに行つたところ、同派出所には、あいにく、右積載許可に関する備付の用紙がきれていた為め、被告人は、二見町から鳥羽市内迄積荷を運搬する旨を担当の竹内保巡査に告げこの場合の措置について同巡査の指示をうけたところ、同巡査は、被告人の制限違反の積荷を黙認する故、鳥羽署迄運転して行つて、同署で正式の許可を受けるよう指示したので、被告人は、同巡査にいわれるとおり鳥羽署で更に正式の許可を受ける為め鳥羽市内に入つたところを、原判示場所で交通事犯取締り中の警察官に検挙された事実が認められる。(被告人の検察官に対する供述調書の一部、原審第三回公判調書中証人堀内久郎、同竹内保の各供述記載。)してみれば、原判示第一事実については、被告人として、正式の積載許可を受けず、積載制限に違反して原判示の平板を積載運搬をした事実は認められるが、右は警察側機構の不整備若しくは事務運営の缺陥に由来するところが多く、被告人としては、前記二見町巡査派出所竹内保巡査に届け出て、同巡査の黙認を得たので、正式の許可はなかつたが鳥羽市内を積載運転して差支えないものと誤信していたものであり、又かく誤信するについては相応の理由もあつたものというべく、この事実について被告人になお正式の許可を貰う迄自動三輪車による積載運搬をすべきではなかつたと期待することは、当時の状況からしてかなり困難なものであつたと認むべきである。してみれば、原判示第一の事実については、被告人に対し積載制限違反の事実を肯定できるにしても、この事実についての被告人の責任非難は、極めて軽微のものであるべきである。(いわゆる期待可能性の減軽、なお、被告人が右竹内巡査から書面による許可を与えられたとの主張は措信できない。)

以上の諸事情に徴すれば、原判決が、被告人に対し罰金二千円の刑を課したことは、被告人としてとうてい納得のいかないところであるのは、もとよりとして、吾人の常識を以つてするも支持することのできないものである。そして、このことは、被告人が先に昭和三三年一〇月当時伊勢簡易裁判所において道路交通取締法違反により科料八百円に処せられた事実のあることを考慮しても同様である。論旨は理由あるものというべきである。

よつて、刑訴法三九七条一項、三八一条により原判決を破棄するが、本件は記録並びに原裁判所が取り調べた証拠により当裁判所において直ちに判決できるものと認められるので、同法四〇〇条但し書に従い被告事件について更に判決する。

当裁判所の認定した被告人に対する罪となるべき事実及びその証拠は、原判決に摘示するところと、同じであるから、ここに、これを引用する。(但し、証拠の標目中被告人の当公判廷の供述とあるのは、原審公判調書中の被告人の供述記載と、又各証人の供述とあるものも、原審公判調書中の当該証人の各供述記載とそれぞれ読み替える外、証人竹内保については、更に、同証人の原審第三回公判調書中の供述記載をも追加引用する。)

(法令の適用)

判示第一の所為は、道路交通取締法施行令三九条一項、四二条三項、七二条一項一号、同第二の所為は、道路交通取締法七条一項、二項五号、一〇条二項、同法施行令五条、三重県道路交通取締規則三条、道路交通取締法二八条一項一号に各該当するので、以上いずれも所定刑中科料刑を選択し、右は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四八条二項に則りその合算額以下において、被告人を科料八百円に処し、右科料不完納のときは、同法一八条二項に従い金四百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置すべく、訴訟費用中原審第三回公判において証人竹内保に支給した分及び当審において国選弁護人に支給した分を除き、その余は、刑訴法一八一条一項に則り被告人をして負担させる。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 影山正雄 谷口正孝 中谷直久)

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